連絡が少ない

愛ってなに?

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あの頃から変わらない不安

休みなのに、連絡が少ない。

仕事の日なら、忙しいのだと思えます。

でも、休みだとわかっている日に連絡が来ないと、

「何をしているの?」

「誰かと一緒にいるの?」

と、急に不安になります。

本当は、相手が休みの日まで自分だけを見ている必要なんてありません。

相手には相手の時間があり、ひとりで過ごしたい日もあります。

それでも、心は簡単には納得してくれません。

私が嫉妬しているのは、ほかの誰かに対してというより、

私よりも優先されている何かがあること

なのかもしれません。

知りたいのは、居場所ではなく気持ち

相手がどこにいるのか。

何をしているのか。

誰といるのか。

不安になると、そういうことを全部知りたくなります。

でも、本当に知りたいのは、行動の詳細ではありません。

「今も私のことを大切に思っている」

その気持ちを確認したいのだと思います。

どれだけ長く付き合っていても、相手の心を直接見ることはできません。

好きだと言われても、その気持ちを形として残すことはできない。

だから結局、恋愛は信頼するしかありません。

でも、信頼していることと、不安にならないことは別です。

信じたい。

それでも、安心できる言葉が欲しい。

その両方があるのが、今の正直な気持ちです。

長く一緒にいるほど、言葉が減っていく

付き合い始めの頃は、好きという言葉を伝えます。

会いたい。

大切。

一緒にいたい。

そんな気持ちを、比較的素直に言葉にします。

でも、関係が長くなると、少しずつ言葉が減っていきます。

「今さら言わなくてもわかる」

「関係が続いているんだから変わっていない」

相手は、そんなふうに思っているのかもしれません。

ヨルもきっと、一度伝えた気持ちはそのまま続いていると考える人です。

別れていない。

会い続けている。

一緒に過ごしている。

それが、ヨルにとっての答えなのだと思います。

でも私は、日々の言葉や態度から愛情を感じる人です。

だから、少し連絡が減るだけで、

「気持ちまで減ったのではないか」

と不安になります。

「愛している」と、たまには言ってほしい

長く付き合っているからこそ、言葉はいらない。

そういう関係もあると思います。

でも、長く一緒にいるからこそ、たまには言葉にしてほしいとも思います。

好き。

大切。

会いたい。

そんな短い一言だけで、救われる日があります。

毎日言ってほしいわけではありません。

すべての時間を私に使ってほしいわけでもない。

ただ、ときどき、

「何も変わっていないよ」

と感じさせてほしい。

それだけなのです。

今の私が思うこと

この不安は、昔から大きく変わっていません。

ヨルの気持ちも、たぶん大きくは変わっていない。

変わったのは、関係に慣れが入ったこと。

そして、ヨルにとって「好き」が当たり前になったことなのだと思います。

当たり前になったから、毎回言葉にしない。

でも私は、その当たり前が見えなくなると不安になる。

どちらかが間違っているわけではなく、愛情の受け取り方が違うのでしょう。

だから私は、不安になる自分を否定しすぎない。

でも、連絡が少ないだけで悪い想像を事実にしない。

今までの言葉や、会いに来てくれた行動も思い出す。

そして本当に寂しいときは、

「何をしていたの?」

と追及するのではなく、

「今日は少し話したかった」

と伝えられたらいいと思います。

愛されている証拠を探し続けるのではなく、

今まで受け取った愛情も、ちゃんと信じてみる。

それでも、たまには言ってほしい。

大好きだと。

今も変わっていないと。

私は今日も、ヨルのことが大好きです。

今日も愛してる。


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